マニュアルは疲れる

別こ私はマニュアルの存在を否定しているわけではありません。
効率的で最適な方法としてマニュアルをとりいれることはビジネスの世界でも大事なことです。

しかし、人と人の間のことを、マニュアルで推し量ることができるでしょうか。
いや、できませんよね。

結局は自分の経験、洞察を込めて相手とコミュニケーションしていくしかないのです

クレーム対応などでは、よくあるケースをデータベース化して効率化することも業務上絶対に必要なことではあるのですが、一方で顧客対応からマニュアルを全廃した企業もあります。
マニュアル化はどうしても硬直化した対応しか生み出さないからです。
マニュアル通り言えば考えなくてすむのです。

その結果、「なぜこうするのか」という元になる考えや方針を理解せすに、同じ言葉かけをするだけなら録音テープでも十分なのではないでしょうか。

マニュアルがあれは企業の精神らやでマニュアルがあれば企業の精神や方針を理解させるような長期間の教育期間もとらず、誰でもすぐ対応できるからでしょうね。
そうであれば対応するのは人間である必要がないのでは、とも思います。

マニュアルと言って思い出すのは、ファーストフード店で「ポテトはいかがでしょうか」と声をかけられることはないでしょうか。

中にはそれがあまりにも常態化しすぎていて「ハンバーガーとポテトをを下さい」と注文したお客さんにたいしても「ハンバーガーとポテトはいかがですか?」とロ走ってしまう店員さんもいます。

マニュアル通りの行動は、機械的で楽であるように見えますが、実際には人の感情や状況の変化に対して、自然の形で対応しているわけではないので非常に疲れます。
つまり、気持ちの負担も大きいものなのです。

マニュアル通りに動いている人は、みんなつらいのでしかめつ面になっています。
会社やお店にそういう人がいたら儲からないですよね。
スタッフがニコニコしているお店は流行ります。

私は、最初から「こう」と決められているのがどうにもつまらないのです。
ストレスがたまってしまいます。
「マニュアルがあった方がやりやすい」という人もいますが、私はない方か楽なんですね。

だから「マニュアルのない時」というのは、私にとってとても楽しい瞬間でもあるのです。

神様は信じるけれど”人間の神様”には振り回されない!