宗教的な悩みについて

私のところに相談に来る人には、新興宗教に入って悩んでいる人も大勢います。
そういう人たちを見ると、「宗教というのは本来人を助けるためのものなのに、そこに入って苦しむのは言語道断だ」と感じます。

もちろん、すべてがそうだというわけではありませんが、宗教がからむ事件もとても多いものです。
救われたい、苦しみから逃れたいと思って信心しているのに、弱い部分に付け込んでお布施をたくさん要求したり、教団から身の物品を買わされたりする憤まんやるかたないような教団も存在します。

信者の中には「お前はなってない!」などと言われて、人格を傷つけられたりしてもっとボロボロになってしまう人もいます。
財産をなくし、友だちや家族をなくし孤立していく、そんな人たちの事例を私はたくさん見てきました。
どうも人間が集団で集まって、団体や組織を作ると腐りはじめてしまうようです。

人生の行く末や病気などについて悩んでいる人が相談に行く先としては、宗教団体のほかに霊能者があげられます。

霊能者といっても、占い的な要素の強い人もいれば直観力を駆使する人までさまざまですが、私が思うにはそういう人たちはあらかしめ自分の中でストーリーが組み立てられていることが多いのではないかと思います。

ひどい霊能者だと、相談者がそれに沿わないと「だからあんたはダメなんだ」「供養をしなければならない」などと言ってたくさんのお金を要求したりするのです。
よそで断られた人がやって来て、「数分で何万円もの相談料を要求された」「自分が主催している会の信者にならないとみないと言われた」と私に訴える人もいます。

相談者が何について悩んでいるのか、話をじっくり聞いてあげない自称霊能者も多いようです。
自我に凝り固まった自称・霊能者の中には、相談者が悩みを話しきっていないのに、「これで十分」とばかりに自分がいかにすこい人間か自慢したり、何もかも相談者のせいにして動揺させて、自分を頼らせるようなことを言う人もいます。

このような宗教団体や、自称霊能者については困ったものですが、つらい目に遭ってから私のところに来た人たちには、「これもあなたのこ縁だったんだね」と笑顔で語りかけます。
その人の人生の道筋には、そういう関わりも必要だったのです。

それを経て私のところに来たのですから、「ここに来れて良かったねえ」と私が言うと、青白い顔をした相談者もフッと笑ってくれます。

今笑えたねえたね。笑える余地があるのだから、あなたはこれからきっと良くなるよ」と励ますと、彼らの顔も「そうかな?」というふうに輝きだすのです。

どんなにえらくても同じ人間