神様は信じるけれど”人間の神様”には振り回されない!

私がお役目を受けて今のような生き方をするに至ったのには、いくつかの転機がありました。
人間が頭で考えてコントロールしようと四苦八苦しているところを超えた、神様のパワーやカを信じているのです

でも、生身の人間を神様になぞらえたりはしません
どんなに優れた素晴らしい人間であっても、その人は普通の人間に過ぎません。

素晴らしい人と出会えたなら、私は「あなたは素晴らしい人ですね!」とニッコリ笑いかけて握手を求めると思いますが、決してその人を「神様」としてあがめ奉ることはしません。

私の父親は学者肌なのですが、郷里で政治家にかわいがっていただき、また、人のために親身になって面倒を見ていたので、困っている人が大勢我が家にやってくるのが日常茶飯事でした。
そのような中で、いろいろな方からお引き立てをいただいて、日本を動かすようなVIPの方たちに会う機会もあったのです。

すいぶん前のことです。
某宗教団体のトップと会った時は、その人を「生き神様」とふれ付している大勢の取り巻きたちと一緒でした。

その人は貫禄のある人でしたが、一流のエンターテナーだな、とも感じました。
どんなに偉い人であっても私から見れば普通の人間ですし、ましてやその人を神様扱いにして、「こうしろ、ああしろ」と他の人たちに何かを強いたりするなんてもっての他ではないでしようか。

私は昔から物おじしない性質なのか、そういう人たちと会う機会があると「こんにちわ!」とニコニコしながら声をかけるので、周囲のお付きの人がビックリして、「〇〇先生とお知り合いですか!?」「あなたはどういう方なんですか?」と訊ねられたりもします。
私の中では、「神さま」とは人智の及ばないところにおわしますパワーの源、光そのものであって、いくら人間でえらい人であってもそれは同等の人間です。
ですから、どんな大きな宗教団体のトップといえど、国を動かすような政治家といえど、私はただニコニコして「こんにちは!」と挨拶し続けてちっとも緊張しないのです。

それは子どもであっても老人であっても同じです。
例え幼子からでも、その人から学びとれる教訓というものがあります。
そういう意味で人はみな平等です。
相談に来られる皆さんと私もまた平等です。
だから、私は〃人間の神様〃は信じないし、ふりまわされることがないのです。

私は神様という言葉は好きです。
でも私の神様は「宇宙の心=大自然のエネルギー」なのです。

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